きいろいちゅーりっぷ

日々の細々を書きます。

HSPって言葉あるよね。

生理前です。

気持ちが落ち着かなく、そわそわし、すこしの憂鬱にとらわれています。

 

母がよそから受けたであろうショックに、自分も必要以上に悲しくなってしまうとか、仕事でイライラしてしまうとか、恋人と別れる想像をしてしまうとか。

 

普段は思わないようなことを、気がついたらしているのです。

これ性格じゃないんですよ。

HSPなんだと思います。

診断してもらったわけでもないから、違うのかもしれないのですが。

女性ホルモンってすごく面白くて、生理痛で気絶してしまう子やけろっとしてる子、やたら掃除したくなる子など、多種多様なんです。

わたしは、生理痛はほとんどなく、いらいらもほぼない学生時代を過ごしていました。

 

だから、わけもなく涙が出たり、家族につっかかったり、死にたいと思ってしまう私は、もとの性格が暗いからだと思っていました。

もしかしてこれ、生理からきてるのではないかと気がついたのは、生理が安定し出してからでした。それまでは不順だったので、気持ちの波も規則性なく訪れていました。それで余計にずっと苦しかった。

 

これは、経験がない人にとったら、分からない話だと思います。

私がボクシングする人を本気で訳が分からないと思っているように(詳細は省きます)、精神的な病は経験のない人には「甘え」のように見えることもあります。

現に私の母は、分からない人でした。

高校時代が一番つらかった。

 

生理前の期間に私がみえていた世界は、以下です。

友達のいない教室、努力しても下がっていく成績、自主練に励むけれど劣等感を感じる部活動。家に帰ると、「なんにもできない、やらない人」という扱いに嫌気が指し、なんども喧嘩した。

本当は、親友だっていたし、部活動も時間の許す限り夢中になれた大切な時間だった。成績にこだわらず、知りたいと思える授業を先生たちはしてくれていたし、頑張れば声を掛けてもらえた。家には私の話を聞いてくれる姉や父がいた。母を笑わせて幸せを感じる日もあった。

 

生理前になって重く暗いベールをまとった心で、世界を生きていくのはつらかったです。でもそれが、生理つまり体のせいなんだとわかったら、強くなれました。

 

心理学を専門でされている方が書いた、精神が安定した人間についての記事を読みました。全部で3種類あって、1つはつらいことがなかったタイプ。2つ目はつらいことを乗り越えたタイプ。3つ目が安定を求めてるタイプ。らしいです。

 

1は、分かりますよね。人生で挫折したことがないので、人生をイージーモードと捉えているということ。こういった人は案外多い気がします。うらやましいな。

3は、安定こそが幸せだと感じているため、精神を安定させるために、それを邪魔する感情に注目しないということ。うちの母ですね。よく寝ます。寝て回復。禰子か。

 

ですが、上の2つはデメリットとして、「辛いことに出くわしたときが、もろくなること」が挙げられると思います。つまり、現状は安定しているものの、今後はどうなるか分からないということですね。

 

2は、言わずもがな。最強です。

だって、つらいことを乗り越えているのですから。

辛いことから目を背けずに向き合うと、自分が本当に望んでいるものを知ることが出来ます。知れば、大事にできるし、覚悟ができる。生きていく指針ができます。

そして、つらいことを受け取っているから、他者にも優しくできます。

「あ、この人は今苦しんでいるんだな」

「この人はつらいことにあったことがないんだな」

と考えると、何をされようが言われようが不思議と腹が立ちません。

 

私は、2の途中にいる気がしています。

だから、私にとって生理前はつらかったけれど、そのおかげで人よりも早い段階で、精神を鍛えられたのかなと思います。もともとのハンデがあって、それがしかも、周囲から理解されない環境で、それでも前を向こうとできた自分の性格は、やっぱり暗いものなんかじゃなかったんだと思っています。

 

だから、HSPじゃないよと仮に医者に言われたとしても、私はそうだと思った方が生きやすかったので、一種のまじない的な意味で使わせてもらっています。

 

えへへ、何の話じゃこれ。

冬も近づき、窓から見える木々が、残りの葉をさらさらと揺らしています。

 

昨日、約1か月ぶりに彼の家にお泊りしました。土曜は、冬支度にコインランドリーと、できたばかりだという無印良品に行きました。ふたりで家具(主にベッド)をみるのが楽しかったです。

 

一緒にいると未来を、思い描きます。

もし、一緒に暮らすようになったら、2人の職場から近いところに引っ越して、まずはベッドが欲しいな。ベッド周りには、照明とアロマと小さい本棚をつくって、寝る前に今日会った人のことを話したり、絵本を読んだりしたい。2人でただ本を読む時間を過ごすのもいいし、明日のことを話して寝落ちたい。あと、この間おそろいのスリッパを買ったから、お揃いのパジャマとか、食器とかを増やしていきたいな。

壁にかかった写真をもう少し、おしゃれに工作して、観葉植物も置きたい。

土日だけの買い出しも好きだけど、少しずつ作り置きをして、たまにおうち喫茶を開きたい。

春はお弁当を持って、お花見をして、夏は海に足だけつかりに行くの。

秋は紅葉を観にドライブして、冬は鍋を囲って、映画を観て寝たい。

 

家族で過ごす時間は、本当に幸せに満ちている。

私のことを愛してくれているのが伝わる家で過ごした時間は、あまりにも居心地がいいから、長かった。出ていく必要性もないから出ていかなかったけれど、来年、転職をしてもしかしたら一人暮らしを、もしかしたら同棲を、もしかしたら結婚をするかもしれない。

不安で不安で仕方ないが、意外と楽しもうと思えば楽しいかもしれない。

ラクに気楽に楽しくいこうぜ、と思ったら、彼と過ごす時間がずっと続けばいいのにと思っていることに気がついた。

 

15日は次の日が最終面接で、1日お休みをもらったので、彼の朝ごはんとお弁当を作りたいな~だめかな。お昼は一人で食べないとだからな~。で、面接が終わったらそこから着替えて、クリスマスプレゼント(母、姉、姉カップル、恋人)を買いにいきます。

 

 

合格通知を受けて

試験に合格しました。

具体的な名称は避けますが、私が今している司書の仕事は非正規です。正規職員になるべく、ここ数年試験を受け続けてきたのですが、まったく通らず……。でも、今の職場は大好きなのであまり気にしていませんでした。正規職員になる試験を受けながら、働くつもりでした。

 

ただ、恋人ができ、想像していた未来を不安に感じるようになりました。

そして、私は今年、交通事故を起こしました。

何かあった時に、自分ではどうしようもないふがいなさ、申し訳なさ、そしていかに自分が両親に甘えてきたのかを痛感しました。

 

恋人と一緒にいたい、と考えを一つに絞ったとき、同時に母を絶対に悲しませてはいけないと思いました。そのためには、まず自分の足でしっかり立って、両親や大好きな人たちが困っているときに手を差し伸べられる自分でいなくてはいけないと考えました。

そして今まで受けてきた試験ではない、別の採用枠に目が行くようになりました。それは、27歳の今年がラストチャンスでした。

 

恋人には非正規でい続けることは、結婚を考えるにあたって、私は不安に感じることや、試験を受け続けている現状等を話していました。恋人もまた、公務員試験を来年受けるつもりでいると言いました。

 

はじめ私は彼が勉強をしていない様をみて、試験が難しいことをそれとなく示したり、本屋に行き、一緒に2人の勉強資料を買ったりしました。

 

彼に試験に受からなかったら、どうするつもりなのかを尋ねたことがあります。

彼は、「そこまで考えていなかった。落ちたら、また受けることになると思う」と言いました。なんとも頼りない言い草に、それでもまだ、彼とともに未来のために頑張る時間を過ごせるのだと、言い聞かせる自分がいました。

 

心の中では、

・もし彼が落ちたら…

・非正規でい続けるつもりなら…

・この転職活動のせいで別れることになったなら…

と、まったく穏やかではありませんでした。もちろん、正規職員だから未来が絶対に安心というものでもありません(彼もそう考えているようです)。でも、今できることをしたいと私は強く思ってしまうのです。

 

今まで恋愛がうまくいかなかった私が、婚活にチャレンジしようと思ったのは、結婚がしたかったからではなく、子どもが欲しいと思ったのがきっかけでした。活動する中で、結婚したいと思い合える二人でないと、生まれてくる子に失礼なことや、子どもは授かりものいわば運だから執着するべきでないことに気付きました。

 

ですが、やっぱり子を産み、育てたいと思わずにはいられませんでした。恋人のことをここに書くときは冷静になろうと書くため、彼のいいところがみえなくなりがちですが、好きが消えたことはなく、一生一緒にいれたら幸せだろうなと思える相手なんです。彼のおかげで心にゆとりを持って、人に優しくすることが出来るようになりました。そんな彼と育てる子は、きっといい子になる、人のやさしさに触れ、人から愛される子になると思えるのです。将来を考えたとき、私の一番の願いは、恋人と家族になり、子どもが産まれ、その子が健やかに育つことでした。

 

だから、今できる準備をちゃんとしておきたいのです。

非正規は人生設計ができないのです。

不安を抱えた私は、はじめ、自分が何に不安を感じているのか理解していませんでした。ですが、紙に書き出すなどして、じっくり向き合った結果、彼の行動に不安を感じていることに気がつきました。

 

上にあげた点がそうです。彼のことをいくら悩んでも、それは解決しません。そのことに気がついてからは、私軸で考えるようになりました。

 

彼と一緒に過ごしたいのは、「私」がしたいことであって、子どもに対してこうしたいという願望があるのも「私」。彼の生き方に口を出すべきではないし、私も彼に左右されない人生の選択をしなくてはならない。頼らないのではなく、あてにしない。あてにされない。両者が自立してこそ、愛し合えるのだと思おう。違ったら、違ったときだ。この人と一緒にいられるように、ではなく、私が幸せでいれるようにしよう。

 

そして、試験を受けたところ、先日見事、合格通知が届きました。

大好きな職を失いたくない、という思いから、合格するだろうという気持ちに蓋をして過ごしていたため、通知をみるとうまく喜べませんでした。ただ、数日過ごす中で、選択肢が増えたことは単純に喜びであることや、嫌なら断ればよいという気持ちになり、しっかりと向き合う時間をとれるようになってきました。

 

だから、これは決意表明のために書いています。

自分が逃げないように、ここに書き、そして頭の中を鮮明にしたいのです。

誰かをあてにして得た、未来なんていらない。

どう転んでも、私はあのとき逃げなかったと、そのことが自信となって、未来の私を守ってくれると信じています。未来に恥じない選択をとれますように。

旅行しました。

先日、県内旅行を恋人としてきました。

恋人のお母さまと3人のつもりだったのですが、コロナの影響で、やっぱり来れないとなり、2人で行くことになりました。正直、ほっとした気持ちもありました。やはり、初めて会うのに1泊はきついかもしれない。しかも、繁忙期だから体力的にもきつい……と思っていたので。

恋人は本当に残念がっていたので、来春に一緒に実家に旅行がてら行って、その時にご挨拶しようという話をしました。

 

さて、話は戻って。

通常なら、安価で設定する旅行ですが、Gotoやらクーポンやらを使えるので、通常よりは、高いホテルを予約していました。(お母さまが来るのもあったので)で、これが大正解でした。

山中にポツンとあるホテルで、景色や温泉が最高でしたし、家族経営だからなのかアットホームな感じでした。廊下のヒーターの匂いや、花柄のカーテン、アンティーク風なドア、少し広めのウッドデッキのバルコニー、などどこか懐かしさも感じる場所でした。

 

そして、ポルトガル料理をコースでいただき、これが本当に美味しかった。

恋人も喜んでいて嬉しかったです。彼がアルコールをせっかくだから頼もうか?と言ったのに、ジュースを選んでいたので理由を聞くと、

 

「山の中でなにかあった時、動けなくなったら困るからいいよ(車の運転の意味)。shiroは飲んで」

 

と言ってくれました。彼は、いつも計画的で私を優先して考えてくれるのですが、それが彼の中で当然となってくれているのが伝わる瞬間でした。

他にもこの2日間で、好きだと思う瞬間はたくさんありました。

他の女性にもレディファーストできるところや、私のせいで計画通りできないことも多いのに、喜んで変えてくれるところ、素敵だなと思ったら誰のこともほめちゃうところ、私にたくさん好きとかかわいいとか言ってくれるところ。

乗馬のために私用のズボンも用意していてくれるところ、それをわざわざ言うなんてこともないところ、私の勧めた曲を好きになってくれるところ。1日が終わってすべてをよき日と捉えるところ。

 

まだたくさんあります。

旅行っていいですね。7ヶ月を迎え、特に記念日を祝うことのない私たちにとって、ある意味もう一度互いを好きになる時間だったと思います。

最後の日の、夕焼け。

山頂で見たからなのか、本当に美しかった。

美しすぎて、泣きそうになっていたら、横で恋人が泣いていて、

こちらの涙は引っ込んでしまいました。

思わず笑ってしまって、写ルンですで泣いている姿を撮りました。

 

出会った初日、なんとも思わなくって、

付き合って1月で動揺させられ、

3カ月で別れを考えた相手です。

まったくタイプじゃなかった。

 

なのに、この旅行を過ごせてよかったと心の底から思います。

この時間を共にできて、これから先も一緒にいれると信じることができて、

幸せだなと思いました。

まだまだ課題はたくさんありますが、

もうそれはそれ。これはこれ。

自分が成長し続けることでしか、解消しないのは

分かったので、頑張ります。

ようやく

恋人と会っている時間がだんだん増えてきて、心の栄養が満タンになり、情緒が安定しています。と同時に、ようやく試験も終えてあとは合否を待つのみなので、とりあえず頑張った自分に満足しています。

なので、最近の心持ちとしては、恋人と会う前までに持っていた関係を疎かにしないことに注目して過ごしています。

 

定期的に書くけれど、彼と交際することは自分にとって、+な結果にならなければ意味がないと思うのです。気持ちの安定、恋を知れたこと、家族や友人を大切にすること、人に頼ってもらえる自分になれるよう行動できたこと。など。

もし、別れたとしても乗り越えられるように。(少しおかしなことを言っていますね)

 

そしてそして。

ようやく聞けましたよ。

「元カノさんへの返済は終わったの?」って。

そしたら、11月までだったそうで、終わった後も連絡することはないと言っていました。

私としては、そこからいろいろ新着状況を聞きたかったのですが、彼は聞かない限り、自分からは言わないみたいですね。真実かどうかは、分かりません。分からないことはもう考えません。問い詰めたって、私がまだ弱いからダメです。

 

最近すごく考え方が安定してきて、ようやく大人になってきつつあるように感じます。

来月は、彼のお母さんがいらっしゃるので、1日旅行します。

楽しみです。

気持ちの波

昨日、バレエに行ってきました。

今年の4月頃、急に思い立って習い始めたのですが、いまだに、行く当日は緊張と面倒に思う気持ちになります。

けど、これを辞めてしまったら、私の人生から完全に「運動」の2文字はなくなるので、どうにか通い続けています。

 

それで、毎回そうなのですが、やっぱり汗をかくのは精神的にも効果があるようで、ここ最近のもやもやがすこし和らいだような気がします。

 

正確には、昨日バレエが終わってからの帰りの40分、車の中で最近の気持ちの整理をしたからかもしれません。

 

今朝は、時間がないなりに目覚めもよく、コーヒーを沸かしている間に、マッサージをして犬と遊んで、母と朝食をとって、幸せだなと感じましたし、先日切った髪型が大勝利でとても気に入っているため、鏡を見てもごきげんで過ごせそうです。

 

精神の波があることは知ったのですが、毎度毎度自分の気持ちの変化に驚かされます。基本の性格は変わらないので、他人から見たら分からない変化だと思いますが、心の中を文字化すると陽と陰がグラデーションのように変化しながら、交互に来ます。

 

これを分かってくれる人は、いるのかもしれないですが、私がうまく言語化できない以上、分かり合えるものではないのだと、冷静に納得できるようになりました。

 

だからこそ、他人の気持ちの変化を私は知りえないし、聞いたところでわかってあげられないこともあるのだろうから、優しくありたいなと思えるのです。

 

そこだけは、だれにも負けないくらい、柔軟で芯のある気持ちでいたいものです。

 

 

そうそう、話は戻って。

髪をばっさり切ったのです。ここ2~3年ほど、悩んでいたのですが踏ん切りがつか……。ですが、恋人が薦めてくれたのとやっぱり切りたいという思いから、ロングをボブ位にしました。

 

周囲からは好評ですごく嬉しいし、なにより私がとても気に入りました。

セットも楽だし、シャワー時間も大幅にカットされました。

ロングの時に使っていたヘアアクセサリーや、アイロンを使う機会がなくなるのを残念に思っていましたが、ボブと言ってもまあまあ、ヘアアレンジできる長さだったので、むしろいろいろ髪型で遊べそうで今から楽しみです。

 

ここまで、気持ちを明るく変えてくれるものって、他になかなかないですよね。美容師さんはすごいなと改めて思いました。

 

以上です。

思い出の場所、と言うと大抵の人が、家族みんなで度々行った遊園地だとか、夫からプロポーズされた夜景の見えるレストランだとか、特定の場所があると思う。

私もそれで言うなら、家族で一度だけ訪れた金沢のホテルや、恋人と初めて出会ったデパートの出入り口とかいろいろあるけれど、そこから漏れてしまった「場所」の話をここではしたい。

 

そこは、新卒で務めた会社の入っているビルのトイレである。

私の会社は4階にあり、トイレは1階だった。本当は、4階にもトイレはあるにはあるのだが、そちらは使ったことがなかった。ただの一度も。

なぜか。

1階のほうがきれいだとか、広いとかそういった理由ではない。

職場と離れたところにいたかったのだ。

お昼休みは、そこで過ごすことも多かった。

想像できるだろうか。新卒の女がコンビニで買った弁当をトイレで食べる姿を。

 

いじめられていたわけではなかったが、いじめはあった。

私ではなく、私より2つほど年上の男性社員だった。

彼は背を丸め、声が小さく、よく私の先輩である女性社員から、「え???」「聞こえないよ???」と怒られていた。

小さな会社で、その男性社員以外は所長だけであとはみんな女性だった。

2~3人で、まとまって陰口を言って、特に私によくしてくれる先輩の明るくてはきはきとした口調は、その時ばかりは神経質で甲高く、魔女のように感じた。

その先輩が悪いわけでもなかったし、男性社員にも悪いところがあった(業績を上げるためにズルをしていた)ので、本当はいじめではないのかもしれない。

でも、私はなぜだか傷ついていた。

 

新卒で、怒られてばかりの毎日で、疲弊し、自己肯定感も下がっていたからかもしれない。怒られてはいても、褒めてくれることもあったのだから、誰も悪くないのだ。

でも、そんな体調だったから、ささやくようなひそひそ声を昼休みまで聞きたくない、とランチは弁当派だったが、外に出ることにした。

 

そして、知った。

1時間もないランチタイムを外で食べることの難しさを。

1食800円以上のレストラン街しかなく、そこへ行くにも徒歩では10分以上かかる。

お昼時だから、混雑しているし、料理が出てくるまでも時間はとられる。

そこにいたくない一心で、レストランに通ったが食費が馬鹿みたいになって、じゃあ食べなくていいやと思えど、腹は鳴る。

 

そこでコンビニで買った弁当を、1階のトイレで食べてみた。

最初はその状況に笑えた。

漫画みたいだなと。

でも、何回目かで、誰かが入ってくると、身体は硬直し、「ばれたらどうしよう」と不安になってくる。そもそもが迷惑行為でしかないのだし。

 

実際、そんなことが重なったから、トイレ弁当はたったの数回にしか満たない。

 

みじめで、悲しくて、道端で泣いたこともあった。

たかがこんなことで、と思う人もいるだろう。

私もそう思う。今なら。

でも、当時は本当にきつかった。

何がきつかったのか、分からないけれど、分からないままに、あいまいにしている自分もいる。

 

トイレで何を食べていたのかは、もう思い出せないが、その会社のビルを見るたびに、働いてつらいなと感じるたびに、私の頭にはそのトイレで食べた風景が思い出される。